2016年11月2日水曜日

静電気はどうして数kVもの電圧があるの?

なぜ、静電気は数kVもの高い電圧があるのだろうか?
なぜ、物質の接触や摩擦で生じるのか?

身近に発生する静電気、でも厄介なものとして扱われている。
私の仙人の師匠は、みんなが捨てるものが大切なものだと言っていた。静電気もその類ではないだろうか。
ずっと前に紹介したことのある「スイス、テスタティカのM-Lコンバータ」は、静電気を使ったフリーエネルギー装置として存在している。

静電気は、電圧が高いだけで電流が少ないとか、電圧が高すぎて危険だとかいう言葉はいかにも無価値で誰も考えさせない様にする為につけられたレッテルの様にも思えてならない。

事実、この100年近くの間、電子の応用はとても発展しコンピューターとしてなくてはならないものに成長した。一方、意図的にとしか思えないほどに静電気の工学的な利用はなされていないし、その中に秘められた大きな可能性に人類は気づかないままだ。


電子は、とても小さい。だから電荷も小さい。まとまった電気にする為には、膨大な数の電子が必要となる。
人類は、この小さなものをせっせせっせと集めている。そして基本的には導体か、半導体の中で仕事をさせている。
電磁気学というのも、この導体の中で電子が動いた時に生じる挙動をモデル化し数式化している学問だと思う。つまり、限定されたフィールド内で生じる現象しか観察していないのではないだろうか。


原子や分子は、電子に比べると非常に大きい。ひょっとしたら、静電気は、原子や分子の同志の間で生じたエネルギーレベルの差から発生したもので、質量が大きい分だけ電圧が高くなってしまうのではないかと想像する。
空間から生じ、空間に消え去っていく静電気は、電圧が高い為簡単に手が出せず、フィールドは宇宙空間にまで及ぶかもしれず、捉えにくい。でも、観察のための手段はあっただろうし、きちんとした理論ができていて不思議ではないと思う。


こんなふうに考えを巡らすと、電気・電子工学、電磁気工学といったものは、まだまだ切り開いていかなければならないことがたくさんあるのだなと、
全体の一部しか見ていないのに新しい考え方を簡単に否定してしまうのは愚かな行為だと戒めねばと思う。


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